46年前、大学一年生の時、青年キャンプに行って救われクリスチャンになりました。クリスチャンになったら聖い人になれるのかと思ったら、そうではなく心の中は汚い思いでいっぱいでした。頭の上にもう一つ頭があって、これはいい感情、これは悪い感情と区別してくれて、いいものだけ出てくるようにしてくれたらいいのに!と、思いましたがどうしようもありません。…でもどうしようもないからこそイエス様が来て十字架にかかって私の罪を処分して下さったことを教えて下さいました。
「神に選ばれた人々を訴えるのはだれですか。神が義と認めてくださるのです。罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。」(聖書)
結婚し三人の子どもが与えられましたが、三人とも不登校になったり、病気になったり、家の中が嵐のような大変な時がありましたが、そんな時でも神様が愛して下さっているという思いだけは変わらずありました。純感でボーッとしていて何もわかっていない母親で子ども達に辛い思いをさせてしまったのに、子ども達の方がこの親を受け入れてくれ、助けられてきたと思います。未だに問題だらけの私ですが、神様が愛して下さっているので日々感謝です。
「私たちが滅び失せなかったのは、主の恵みによる、主のあわれみは尽きないからだ」(聖書)
<M.K>
