昨年末に義母を天に送った。長い闘病生活を終えてのことだった。2009年3月に心筋梗塞と脳梗塞を併発し心肺停止。その後、高次脳機能障害となった。コロナ禍になってからはほとんど会うことが出来なくなり、危篤となってから初めて、面会が許された。
延命治療はしない方針でいた為、誤嚥の可能性が高い症状が出ると食事も飲み物も控えられた。点滴も医療行為になるということで、点滴もない。元気だった頃には想像も出来ないやせ細った姿を見た時に、私は言葉を失った。
『神である主は、その大地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。それで人は生きるものとなった。』(創世記2章7節)と書かれてある。死期の近い人は、いのちの息が無くなって、肌が土色に変わる。聖書の通りだ。思い返してみれば、義母から愛をいっぱい受けたのに何一つ返せないままのお別れになってしまった。
義母の召天した日は2021年12月25日。イエス様の誕生日に天に召されたのだ。そのことによって、人は死んで終わりではない、天国でまた再会できると改めて感じ慰められた。そして義母の信仰は孫である私の娘と息子にもしっかりと引き継がれている。

私たちはみな地上では旅人であり、寄留者である。誰も見たことがない死後の世界をどうして信じるのかという人もいるだろう。しかし天国があると信じて今を生きる人と、死んだら何もないと信じて今を生きる人では絶対に同じではない。

<H.K>