今から46年前の28才の頃、私は初めて教会で聖書を学びました。
聖書のテーマである「愛が一番大切なこと、隣人を自分自身のように愛しなさい・・・」といった聖書の言葉は心から受け入れましたが、「神なるイエス」「救い」「天国」「神の栄光の御業である奇跡」等については、いろいろ努力しましたが、理解できませんでした。
「後日ゆっくり検討したい」と思いましたが、「この救いの福音は決して後回しにできない」とも強く思いました。なぜなら「私が拒絶すれば、この救いは愛する両親・兄弟に届かないだろう」と思ったからです。責任重大だと感じました。
3年経過しても信じられませんでした。信じられないが、最後の努力として「自分の今の想いを素直に神に祈ってみよう。もし神がおられるなら、私に何らかの働きをされるはず」と思い、3カ月間祈りました。すると、不思議なことに「神はおられる。奇跡なども真実だろう・・・」と、聖書に書いてある神を初めて受け入れることができました。
そして、愛する両親も、母は56才の時に、父は70才の時に、受洗の恵みを頂きました。感謝!
「先生方。救われるためには、何をしなければなりませんか」と言った。二人は言った。
「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」<聖書>

<M.D>