『信じる者は救われるはダメなんです』 かつて参列した葬儀で、僧侶の方が言われた。罪を犯した人が、そんな簡単に救われるなんてダメだということだった。私は、当時きちんと返答できず、この言葉がずっと心に引っかかっていた。今なら、こうお答えしたいと思う。聖書ははっきり「神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、刈り取りもすることになります。」と言っている。罪の赦しがあるから、好き勝手に生きて最後に信じれば良いということではない。
また、信じるとは、「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」この言葉にあるイエス・キリストの十字架の死による贖いを自覚的に信じることである。「人はうわべをみるが、主は心を見る」心を見る神の前に、罪を認めることは、そんなに簡単なことだろうか。私には難しかった。少しはましな人間だと思いたかった。自分の中に、裁き、妬みなど挙げればきりがないほどの悪の種を抱え、自分自身に失望する日々である。しかし、今の私には、十字架による罪の贖いの確信と、私の足りなさを通して神様が働いてくださるという希望がある。「そして人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように」ともある。人の心を見る神様の御前に立つ日がやがて来る。
すべての人が「私が道であり、真理であり、いのちなのです。」と言われるイエス様を受け入れることが出来ますように。

<T.K>