私はクリスチャンホームに生まれ育ち、幼い頃から日曜日には家族で教会へ行くのが当たり前な生活を送っていました。小学校1年生で受洗するも、根拠のない劣等感が私の心の中に渦巻き自分に自信がもてず、又神様から愛されている実感も持てないまま長い間過ごすこととなりました。ただ神様を信じているという事が、自分にとっての心の支えであったようにも思います。しかし「あなたが私を愛したのではなく、私があなたを愛し」てくださっている神様の愛の根源は長い間知る事ができませんでした。
転機が訪れたのは結婚し子育てが始まり、子どもが幼稚園に入園した時のことでした。ある日私は数名の保護者から攻撃を受けました。言われのないことばかりでした。屈辱感でボロボロになり、一体自分の何が悪かったのかと打ちひしがれていた私に、神様ははっきりと「私はあなたを愛している」と語ってくださいました。私が何ができようができなかろうが、私がどのような状況であっても、神様は一方的に愛してくださっていることをはっきりと受け止めることができました。
元々私は仕事が好きでしたが結婚と同時に退職し、子育てに専念して10年。仕事を持たない私に「一銭も稼がずとも、あなたがここに座っているだけで私の目には高価で尊い」と語ってくださり、私はボロボロ泣きました。
混沌とした世にあっていつも喜び、絶えず祈り、全てに感謝しながら主と共に歩みたいと思います。昨日も今日もとこしえに変わらない愛なる神様に心からハレルヤ!

(H.I)