主任牧師 神戸博央
この原稿を書いている3月末日現在、ウクライナの惨状は悲惨極まりないものになっています。全力で国際社会が協力し、この争いを止める手立てが実現しているようにと祈っています。私たちの教会も微力ながら現地の支援をさせていただきました。
さて、今回の侵攻によって、日本の世論がどのように動いたのかという事はかなり興味深いことでした。今まではタブーであった核の議論や国防のことなどを声高に叫ぶ政治家もチラホラ現れ、中国の台湾侵攻や尖閣への侵攻、また北方領土からの北海道侵攻まで、活字を目にすることが増えてきました。
事実の分析は当然なされるべきことであるとは思いますし、国防を疎かにしていいとは思いませんが、牧師としては人の心のことが気になります。
聖書の一節にこういう言葉があります。
「にわかに起こる恐怖に、悪しき者たちの来襲に、おびえるな。
【主】があなたの頼みであり、足が罠にかからないように、守ってくださるから。」
箴言3:25,26
突然攻撃して来たりする相手の恐怖に対して、悪しき者の来襲に対して、「おびえるな」という言葉は今の世界の現実ではかなり衝撃的な言葉ではないでしょうか。そんなことが果たして可能なのかということでしょう。
聖書には恐れという事に関して様々な言葉がありますが、どれも、人間を恐れてはいけないという事を繰り返し語っています。
「からだを殺しても、たましいを殺せない者たちを恐れてはいけません。むしろ、たましいもからだもゲヘナで滅ぼすことができる方を恐れなさい。」マタイの福音書 10:28
人間が本当に恐れるべきは人間ではないというのが聖書の一貫した主張です。軍拡競争の根も実は相手を信用できない、相手が軍拡しているから、という恐れが背後にあることは見逃せません。
しかし、その恐れを判断の基準にして行くと、人間は誤ります。あおり運転をする人の心理がやられたからやり返す、怖い思いをしたからやってやった、というのはよくあることです。怒鳴り声をあげている張本人が、実は一番恐れていたというようなことは、私たちの周りにも見られます。しかしその結果はいつも建徳的ではなく破壊的です。
私たちはまず自分の恐れに気づき、それを取り除くことが必要です。そうすれば、次に相手の恐れを取り除くことができるようになります。その秘訣は天地万物の創造者であり、保持者である神様の愛を知ることです。
「愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。恐れには罰が伴い、
恐れる者は、愛において全きものとなっていないのです。」Ⅰヨハネ 4:18
恐れの連鎖を断ち切りましょう。
