牧師 古森薫

私たちは今、百年に一度の疫病の時代に生きています。世の中の変化が加速度的に一気に進み、それに適応するために大きなストレスを受けています。教育現場ではオンライン授業が始まりましたが、大学生の中には入学したものの、1年に数回しか大学に行かなかったという方がおられます。今までではありえない、全く思い描いていなかった学生生活を余儀なくされているのです。あるいは夢見ていた職業が募集すらされずに、夢を絶たれた方も多くおられるでしょう。さらには様々な情報や意見が氾濫し、何が正しいのか、何を信頼すればいいのか、適切な判断をすることがいかに困難であるかをこの一年半、経験してきました。東京オリンピックでさえも間際まで開催の見通しがつかないという異例の事態なのです。そして何よりも、人によっても受けとめ方が異なりますが、自分の死さえも身近に迫ってきているように感じる時があります。
このような中で今までの価値観が問われているのではないでしょうか。いや、既存の価値観を変えざるを得ない事態となっていると言うべきでしょう。しかし、コロナが収束し、再び以前のような生活が戻って来たならば、人々はまた以前の古い価値観に戻るのでしょうか。少なくとも私たちは今、既存の価値観が決して絶対的なものではなく、相対的なものにすぎないことを学びつつあると思われるのです。そこで次に根本的に問われてくることは、人生の意味であり、人生の目的でしょう。「いったい何のために生きているのか」との問いは、暇な人々の抱く問いではなく、今やだれにとっても切実な問いとなっています。人は目的と希望がなければ生きていけないからです。確かに学歴、職業、健康、経済など、外側のことも大切です。夢をかなえるために、豊かになるために最大限の努力をすることは、前向きで立派な生き方です。しかし外側のことにのみ希望をおいて生きているのなら、やがて生きる意欲や希望をなくしてしまう時が必ずやってきます。外側のことはやがて無くなる虚しいものだからです。
聖書は、決して失望に終わらない希望を語っています。しかし、その希望に至るためには、この世のものが如何に空しいかを悟らなくてはなりません。かつて古代イスラエルで栄華を極めたソロモン王は、あらゆることを試してみた結果として、

「空(くう)の空(くう)。伝道者は言う。空(くう)の空(くう)。
すべては空(くう)。」(伝道者の書の1章2節)

と記しています。そして最終的にたどりついた境地が、

「結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。
神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。」(伝道者の書12章13節)

であったのです。「神を恐れる」とは、天地万物を造られた神の存在を認め、その神のことばに従い、その神と共に生きるということです。それは、やがて無くなる虚しいものに希望をおいた生き方を反省し、向きを変えて神に祈り求めることから始まります。そのように神を恐れる者に、神は親しく聞いて答えてくださいます。祈りに答えて、慰め、励まし、癒し、助けてくださいます。神を求めて、神からの慰め、励ましを受け取る中で、何があっても失われない希望と生きる意欲が与えられると聖書は約束しています。