牧師 鶴岡徹也

今年の夏は、東京2020オリンピックとパラリンピックが開催されています。しかし、かつてなかったような大会となりましたよね。がらんとした競技場。私たちはテレビなどの画面越しでの声援となりました。出場される選手の方々も宿泊施設や競技場等の行き来だけで行動を制限されました。選手たちはかつてないような緊張感と闘いながら各競技に集中されていたようでした。
そのようなプレッシャーを受けながらも、一生懸命に競技に取り組んでいる姿は、画面を通して見ていた私たちに、勇気を与えてくれました。それは、彼らが「メダルを獲得する」という一つのゴールを目指して、これまでに練習してきた全てを注ぎ込む姿を見たからではないでしょうか。スポーツの世界では、必ず目指すべきゴールがあるということが重要です。どのような障害やプレッシャーがあったとしても、それぞれが目標を見失わないで賞を得るというゴールに向かいます。
同じように、私たちの人生にも目標が大事です。目指すべきゴールのない人生というのは、まるで糸の切れた凧のようです。たちまち風の吹くままに流されてしまうのです。神様の言葉である聖書には、私たちがどう生きて、何を目指すのかという人生の目的や目標がはっきりと書かれています。伝道者パウロは、次のように語っています。

「キリスト・イエスにあって神が上に召してくださるという、その賞をいただくために、目標を目指して走っているのです。」
ピリピ人への手紙3:14

彼は、今から約2000年前にオリンピックの発祥地と言われているギリシャの競技場をイメージしながらこの言葉を語ったのです。私たちの人生にもオリンピックのレースがあるということです。神様が私たちのために用意された人生のレースと賞があるのです。しかし、それが何であるかということは神様の言葉である聖書を読まなければ知ることはできません。
これを読まれているあなたの人生も決して意味のないものではありません。あなたに命を与えた神様が、あなたの人生の目的や目標を用意してくださっているのです。ぜひ、あなたもこの神様と共に歩む人生のオリンピックを一緒に走り出してみませんか。あなたのお越しをお待ちしています。