牧師 鶴岡徹也

春の季節は様々な草や花が芽吹く季節ですよね。私はあまり植物に詳しい方ではないのですが、そんな私でもこの季節に鳥のさえずりを聞いたり、きれいに咲く桜の花を見ると感動を覚えます。そして、どの生物にも“命”があるということを実感させられます。私の身近な方でもバードウォッチングをされる方もおられます。また、ご自宅の庭で花や野菜を栽培されている方もおられます。山登りで大自然を味わいながら歩いておられる方もおられます。私たちはそのようにして自然をいつも身近に感じたいという思いを持つものではないでしょうか。

かつて、イエスキリストがイスラエルのガリラヤの自然の中で多くの群衆を前にして語られた言葉がありました。それは「空の鳥を見なさい。野の花を見なさい。」という言葉です。当時は、明日食べていけるか分からないような貧しい生活に悩んでいる人たちや、いつまでも治らない病に苦しんでいる人たちが大勢いました。そのように生活に苦しみ、悩みの中にいた人たちを前にして、イエスキリストというお方は、その人たちの目線を、空に飛んでいる鳥や野に咲いている花に向けさせたのです。

そのイエス様が語られた意味は、「花というのは服を着飾ることはありません。けれども神様がいろんな色に装いをしてくださるのです。鳥は食べ物を倉に貯蔵しておいたりはしません。けれども、神様が日々養ってくださるのです。それならなおのこと、神様に愛を持って造られた私たち人間に対しては、神様が必要を与えてくださらないはずがないでしょう。ですから、何を食べようか、何を着ようかと心配することはやめなさい。」ということを語られたのです。(マタイの福音書6章25〜34節)

私たちも日常生活においては様々な心配や不安を抱くことがあります。そのような時には、ぜひこのイエス様の言葉に安心を感じてください。今日生かされている命があること。今日食べられる食べ物があること。休むための家があること。

“神が全てを養ってくださっている”という価値観によって生きてみませんか。私たちの心配や不安は、安心や感謝に変えられていく人生です。ぜひ、一度、私たちの教会の礼拝にお越しください。お待ちしています。