牧師 小林佳雄

私たちの教会ではこの時期、子ども向けの夏のキャンプを行っています。大自然の中で水遊びを楽しみ、夜には満天の星空の下でキャンプファイヤーを囲みます。都会では決して見られない無数の星を前にすると、この世界を創造された神の偉大さに心が揺さぶられます。
聖書にも、同じように星空を見上げて希望を受け取った人物がいます。アブラハムです。彼は長年子どもを望んでいましたが授からず、気づけば八十歳前後。常識的に考えれば、もう新しい命は望めない状況でした。深い寂しさと不安の中、「自分の人生はここまでか」と思わざるを得ない状況だったのです。
そんな彼を神様は外へ連れ出し、優しく語りかけます。

「さあ、天を見上げなさい。星を数えられるなら数えなさい。」
さらに言われた。「あなたの子孫は、このようになる。」
アブラムは主を信じた。それで、それが彼の義と認められた。(創世記15章5〜6節)

先がまったく見えない中、神様は想像を超える未来を約束されます。その言葉を前にして、アブラハムが選んだのは、子どもを授かる望みが完全に閉ざされたという“どうにもならない現実”ではなく、神様の約束を「これは私への言葉だ」とまっすぐに受け止めることでした。
実は、聖書に「信じる」という言葉がはっきり登場するのは、ここが最初です。この言葉は祈りの結びの「アーメン」と同じ語源で、“はい、私はその言葉に心を預けます”という意味です。何一つ見通せない暗闇の中でも、彼はこの約束を人生の土台にしようと決めました。自分の力では前に進めない状況を認めたからこそ、アブラハムは人生を神様にゆだねたのです。神様が彼を受け入れたのは、アブラハムがその約束に心から信頼を置いたからです。
私たちも弱さや限界に直面し、「もう無理だ」と思うことがあります。しかし希望は、自分の力だけで決まるものではありません。人生には、神様の変わらない大きな愛が、思いもよらない支えとなることがあるからです。
今、心に重さを抱えているなら、その思いをどうか一人で抱え込まないでください。この夏、ふと空を見上げるひとときが、あなたの歩みに神様の慰めとなり、希望へとつながっていきますように。