主任牧師 古森 薫
2025年8月15日、終戦から80年を迎えました。記憶は薄れても、平和を願う思いは今も私たちの心にあるのではないでしょうか。日本は他国に甚大な被害を与える一方、自国でも300万人以上の命が失われました。
しかし今、世界は再び戦火に包まれています。イスラエルとガザでは民間人に攻撃がおよび、ロシアによるウクライナ侵攻も止まりません。核兵器の使用を示唆する声すら聞かれます。なぜ人類は、これほどの苦しみから学べないのでしょうか。
それは多くの指導者が、自分たちの行動を「正義」の名のもとに正当化するからです。そしてその代償を払うのは、力の弱い人々や若い兵士たちです。これは他国の話ではありません。私たち自身の心の中にも、「自分こそ正しい」と信じて疑わない姿勢があるのではないでしょうか。
聖書は語ります。
「人の目にはまっすぐに見えるが、その終わりが死となる道がある。」(旧約聖書 箴言14:12)
自分の正しさを疑わず、他者を責めてしまう——それは、神から離れて生きる「罪」の姿です。国と国の対立だけでなく、人と人、家族の間でも、同じことが起きています。
しかし神は、そんな私たちに救いの道を備えてくださいました。神の子イエス・キリストは、私たち一人ひとりの罪のために十字架にかかり、命をささげられました。
だれでも、キリストを救い主と信じ、罪を悔い改めるなら、罪が赦されて神の愛が心に注がれます。ただし、イエス・キリストを信じ悔い改めるとは、自分の見方、認識の仕方、特に、自分は正しいと思っていた生き方が間違っていたと認めることを含みます。こうして神によって注がれた愛によって、私たちは赦し合い、平和を生み出す者と変えられていくのです。
世界の平和を語るなら、まず私たち自身の心に平和が必要です。キリストのように生きること——そこから始まるのです。
心に平安を求めるとき、どうぞ教会を訪ねてみてください。私たちは、みなさんを歓迎します。
