牧師 坂口将人

能登半島地震の被害にあわれた方々の慰めと回復を心よりお祈りいたします。

ニュースの映像を見て、阪神・淡路大震災を思い出した方々もおられるかもしれません。30年近く時間がたちましたが、その時の痛みを思い起こしました。同じような痛みを経験したものとして、何とか復興のために尽力できればと心から願います。
なぜ地震が起こってしまったのか、という問いに対し、様々な考えがあるようです。私としては、このような災害の状況の中で、何よりもイエス様ご自身がそのことに対し痛みを覚えておられると思います。
イエス様はどのようなお方なのでしょうか。聖書にはこのように書かれています。

「また、群衆を見て深くあわれまれた。彼らが羊飼いのいない羊の群れのように、弱り果てて倒れていたからである。」 (マタイの福音書9章36節)

深くあわれまれた、ということばの元の意味は、感情をつかさどる胃腸が揺さぶられる、断腸の思い、というように訳されることばです。大きな困難の中で、羊飼いのいない羊のようなになった一人一人。弱り果てて倒れていた人々を見て、ご自身の内臓がちぎれるように心を痛められました。
また、イエス様が十字架にかけられたことに対し、次のようなことばがあります。

「まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みを担った。それなのに、私たちは思った。神に罰せられ、打たれ、苦しめられたのだと。しかし、彼は私たちの背きのために刺され、私たちの咎のために砕かれたのだ。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒やされた。」 (イザヤ書53章4,5節)

イエス様は、その身をもって、人々の病を負い、痛みを担われ、さらに私たちの罪・咎をも担われました。彼は、私たちの痛みを知り、それを担う方です。自らその傷を背負い、その傷を通して私たちを癒し、神にある平安を与えてくださります。
どうか、苦しみの中にある方々に、イエス様が共にいてくださり、慰め、励ましを与えてくださるように。また、その試練の中で歩むべき脱出の道を備えてくださるように、お祈りいたします。