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2016年12月(Dec.) 人の全ての栄誉に勝る神からの栄誉 

 今年は11月27日からアドベント(待降節)に入り、私たちの教会の子どものクラスでは、毎週1本ずつロウソクの灯をともして、クリスマスを待ち望みます。 早いもので2016年もあと一ヶ月、振り返ると様々な出来事がありました。 テロや自然災害、そして弱い人たちが虐げられる悲惨な事故や事件も少なくありませんでした。
 そのような中でリオデジャネイロオリンピックでの日本人選手の活躍は目覚ましく、特に陸上男子400mリレーで銀メダルを獲得したことに、日本中が湧き上がりました。一人一人の選手のタイムを単純に足すと、銀メダルには届くタイムではありませんでしたが、緻密で豊富な練習によって磨いた世界一のバトンパスの技術で栄誉に輝きました。弱点を技術で克服して得た勝利は日本人には誇らしく、世界中の人たちを驚かせました。
 しかしこのような素晴らしい栄誉であっても、人の栄誉はごく一部の人だけが得られるものであり、しかもそれはやがて歴史の中に埋もれていくかもしれない栄誉です。ところが聖書は人の全ての栄誉に勝る栄誉があると言っています。

「キリストは神の御姿である方なのに、 神のあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。それゆえ神は、 この方を高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。」(ピリピ人への手紙2章6〜9節)

 イエス・キリストは私たち全人類のため、神の栄誉を捨てて馬小屋に生まれて下さいました。この世の最も低いところで、人に仕えられ、人の全ての苦しみを味わい、十字架の死にまでも従われました。それゆえキリストは復活し栄光を受けました。そればかりではなく、キリストを救い主として信じ、神に罪を赦された者がキリストの心に倣い、自らの身を低くするなら神の栄誉が与えられるのです。それは天国で永遠に覚えられ、人の全ての栄誉に勝る神からの最高の栄誉です。神から与えられるこのような栄誉を求めようではありませんか。

 牧師 古森薫