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 ~教会は西宮市久保町1-11に一時移転しております。~

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2018年8月(Aug) 

「ご迷惑をおかけしています。」 

 私たちの教会の仮会堂(久保町)での生活も7か月を迎えました。
 この間、樋ノ口の会堂は、解体され、更地になり、5月2日起工式を行い、基礎工事が始まりました。しかし、ここまで来るにあたっても、私たち自身も想像していなかった事が幾つか起こり、ご近所の方々には色々不安を与えてしまい、申し訳なく思っています。
 その都度、ご説明させていただくべく動いてはきましたが、業者間の調整等にも時間がかかり、皆さんに説明できるまでには結果的に相当ご心配をおかけしています。
 また、書面や訪問等でご説明させていただいていたとは言え、実際の騒音や振動には驚かれた方々もいらっしゃったと思います。私たちも工事の時には現地でそれらを体感しましたが、近くの方々には相当うるさいのではないかと肝を冷やしていました。
更に、申請上の行き違いなどもあり、途中工事が停滞するなどしたことも不安を増長する事であったのではないかと推察しています。
当初の予定では11月末に竣工予定でしたが、アスベストの処理のことで12月末となり、そして今回の排水処理の問題等で、今の所、来年の2月以降にずれ込みそうな状況であることも業者からお聞きしています。私たちにとっても正直痛い話であり、スムーズな工事の実現のために働きかけ、お願いをしている所であります。
 近隣の皆さんには今しばらくご迷惑をおかけいたしますが、今一度ご理解いただきますよう、お願い申し上げます。

 さて、こうした産みの苦しみとでも言うような様々な出来事を私たちはお互いに経験します。時に忍耐をしていただかなければならなかったり、自分も忍耐しなければならなかったりということも多々起こってきます。
 そんな時に、どんな心持ちで過ごす事が賢明なことなのでしょうか。
私自身、今「忍耐」という言葉を思いめぐらせることが多いです。「忍耐」という言葉はあまり好きな言葉ではありませんでしたが、聖書を読んでいると何度もこの「忍耐」という言葉が出てきます。そして、それは必ずしも悪いことをばかりを意味することではないことを教えられてきました。
 私たちの今年の教会の標語は「あなた方が神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは、忍耐です。」という言葉ですが、まるで予め今年の出来事を予測するかのような言葉でした。また、別の箇所には「忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと、私たちは知っているからです。」とあり、忍耐の向こうに見える品性や希望について教えています。「かつて書かれたものはすべて、私たちを教えるために書かれました。それは、聖書が与える忍耐と励ましによって、私たちが希望を持ち続けるためです。」と、ここでも忍耐と希望がリンクされて表現されています。
 私たちが生きていく上で「希望」はなくては生きていけないものだと思うのですが、その希望を持ち続けるためには忍耐が必要だということを聖書は教えているのです。
 忍耐を強いている方が忍耐を説くとはどういうことだ、とお叱りを受けそうではあるのですが、そうした立場を超えてもやはり「忍耐」は私たちの人生の中でなくてはならないものだと思います。受験勉強やスポーツの世界で実績を残すこと、会社で何かプロジェクトを成し遂げたりすることなど、どの場面でもやはり忍耐は必要です。家族同士で絆を深めること、泣き叫ぶ子をあやすこと、介護の仕事に従事し続けることなど、そうした日常の一コマにも知識や知恵と共に忍耐は必要になってきます。
 練られた品性からもたらされる希望を求めて、私自身、今「忍耐」という言葉をかみしめる心境です。皆さんの祝福を祈っています。
 

主任牧師 神戸博央