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2017年11月(Nov) 「心に響く言葉」 

 自分を義人だと自任し、他の人々を見下している者たちに対しては、イエスはこのようなたとえを話された。

「ふたりの人が、祈るために宮に上った。ひとりはパリサイ人で、もうひとりは取税人であった。パリサイ人は、立って、心の中でこんな祈りをした。
『神よ。私はほかの人々のようにゆする者、不正な者、姦淫する者ではなく、ことにこの取税人のようではないことを、感謝します。私は週に二度断食し、自分の受けるものはみな、その十分の一をささげております。』
ところが、取税人は遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、自分の胸をたたいて言った。『神さま。こんな罪人の私をあわれんでください。』
あなたがたに言うが、この人が、義と認められて家に帰りました。パリサイ人ではありません。なぜなら、だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるからです。」                    ルカの福音書18章9節~14節
 今から数年前、東京の京王プラザホテルで行われた国家晩餐祈祷会に参加する機会がありました。1年に一回、キリスト者の実業家の方々、政治家の方々、牧師先生たちが集まって日本のことを覚えてお祈りする時が持たれているのです。
 その時のゲストのお一人が石破茂衆議院議員で、冒頭の聖書の言葉が心に残っていますと語られました。「自分のような罪深い者でも時々昔読んだ聖書の言葉が思い出される時があるが、この言葉は印象的です。」

 石破茂議員の曽祖父は金森通倫という方で、日本のキリスト教会で活躍された方の一人です。直接その方の影響があったわけではないということでしたが、その人生観に聖書が少なからず影響を与えていることを知り、驚きました。

 来年の大河ドラマの主人公 西郷隆盛も「敬天愛人」という言葉を好んで用いたと言われていますが、この言葉もまさに聖書の概念が土台にあることは広く知られているところでしょう。

 日本の国の土台作りに始まり、今国をリードされる方々の中にも聖書の言葉が響いているということはとても不思議な気がします。

 よく「外国の宗教」などと揶揄されるキリスト教ですが、その中にあるストレートなメッセージは、時代や国を越えて響き続けています。外国から入ってきたコーヒーやビールを見て、外国の物だから必要ないという人がいないように、良い物は良い物として人の心に響いていくものなのでしょう。

 「こんな罪人の私をあわれんでください。」そんな思いが心に与えられるなら、教会はあなたの側にある「場」なのです。なかなか潔く自分の心や自分のしてしまったことに向き合えない私たちではありますが、キリストの声に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。皆さんのお越しをお待ちしています。

主任牧師 神戸 博央